~韓国の教育方針と情の文化から読み解く~
1.はじめに
韓国の街を散策していると、薬局やコンビニでは1つ商品を購入するともう1つ同商品をもらえる「1+1」の表記が散在している。これは誰かとものを気軽に共有しようとする韓国特有の販売方法である。一方で、「タクシーの発進速度が速い」、「注文した料理が席に着く間もなく提供される」、「メールの返信は即座に行う」など、韓国では交通、食事、ビジネスの場でスピードと効率を強く意識した行動が頻繁に見られる。私は渡韓してから、この”シェア文化”と”競争文化”という2つの相反する概念が併存していることに興味と疑問を抱いた。本記事では、2つの文化について、伝統的価値観の形成と韓国の教育方針の編成から読み取れる国民形成に焦点を当てて分析を行う。
2.韓国の伝統的な共同体意識の形成背景
2.1 人間関係性と非人間関係性の領域
韓国では「人と人との結びつき」を非常に重視する傾向がある。ただし、この関係性には領域によって「人間的」または「非人間的」と区別される。「人間的」と区別されるのは、家族や親族、同郷者や友人であり、過度の尊重と情愛を示す。他方で「非人間的」とされる他人には、極端な冷淡さと無関心を示す。具体的に図で表すと以下のようになる。内側に所属する関係は、「ウリ(我々)」と言う。中心部には、人間関係性を持つ親子や兄弟、祖父母という住居と生計を共にする最も親密な「ウリ(我々)」である家族が位置する。外側に向かい、知人までがウリ(我々)の領域だ。韓国での共食文化が根付いている要因は第一にこの人間関係性にあると言える。他者とは異なる身内だけの閉鎖的な人間関係性のぬくもりを分かち合う韓国人は、共食を通じて自分たちが共通の人間関係性に属していることを確認し合う風潮にあるのだ。これに対して非人間的関係性に区別される他人の領域は「ナム(他者)」だ。ナム(他者)の対象には、非人間的な法的体系や文書主義も含まれ、今日の韓国でも政府公表の文書以上に知人間の「うわさ」に価値と信憑性が置かれやすく、法や規則を無視する傾向にある。非人間的領域は、倫理自体も欠如しており、韓国の人間関係性重視・偏重の文化は他の国々とは比較し得ない程度である。この傾向は、現在の韓国、特に都市部のアパレルショップでも十分に実感できる。実際に買い物をする度、客である私たちは「ナム(他者)」と見なされるため、定員の対応は無愛想で淡泊だ。一般的にお店では客を「お客様」として大切に扱う日本で過ごしてきた私にとっては、孤独感を顕著に感じた出来事だった。
2.2 人間関係性の文化の背景
では、人間関係性の文化はどのように形成されてきたのであろうか。第一に、韓国の基層文化である「儒教」の影響が大きい。儒教的伝統に従えば、法よりも徳が重視され、国を治めるにあたっては法治ではなく、徳治が重視される。法という二次的で普遍的な対象ではなく、「家族」とそれに付随する「徳」を一次的価値体系として国家と人民を治める基本理念にするという考え方がそこにはある。つまりこの儒教的立場において大切なのは、「ウリ(我々)」に対する配慮と倫理のみであり、「ナム(他人)」に対しては、倫理観さえも放棄しているのだ。人間関係性を重視し、非人間的関係性の領域を軽視しがちな韓国人の傾向性は、まずこの儒教という一つの宗教的考え方から生まれたといえる。第二に、朝鮮時代の社会構造である「村」の概念の影響がある。朝鮮時代の朝鮮半島は、首都「漢城(ソウル)」と平壌などの一部の人口集中地域、その他はすべて「村」と区別されていた。村は7万ほど存在したとされ、そこに住む多くが農民または商人、下級官吏だったと推測されている。村の人口は全人口約1000万人のうち90%を占め、都市の人口はわずかであった。1つの村の規模は平均140人ほどで、当時の朝鮮半島の社会形態はそのような小さな村が各地に散在していた表現できる。注目すべき点は、この小規模な村の人間関係である。平均140人ほどの村民で構成されていた「村」は「ウリ(我々)」としての人間関係を保持する集団であった。「村」の大部分が同族部落であったため、血縁や一族という強固な人間関係によって結合していたのだ。村民の皆が「親族」または「知り合い」であり、「ナム(他人)」は一人もいないというのが、「村」の人間関係性であり、朝鮮半島独自の「基層文化」だったわけである。以上、儒教という宗教的価値観と朝鮮半島に根付く「村」の概念とが現在の韓国の「人間関係性」を形成していると解釈できる。そしてこの「人間関係性」こそ、親しい仲間同士でものを共有しあうというシェア文化の基盤にあるのだろう。韓国の飲食店では、メニューが2人前から表記されることが多く、大皿で運ばれてくることもシェア文化に起因しているのかもしれない。
3.競争社会を生き抜く教育方針
人間関係性に基づいたシェア文化とは対照的に、スピードと効率性を重視する「パルリパルリ文化」も韓国文化の特徴だ。特にビジネスの場面で見られる競争姿勢は、朝鮮戦争後に迎えた急速な経済成長が大きく関連している。この経済成長の原点にあるとされるのが、幾度もの教育方針改定だ。戦後米軍下に置かれた1945年から1960年の第1期には、日本色の払拭とともに政治・経済面で米国民主主義に基づいた国家再建が進められた。同主義は、教育面においても大きく影響し、民主教育の土台形成を築いた。1949年に教育法が公布されると、教育課程の制定機運が高まり、朝鮮戦争後の1955年の第一次教育課程が制定後は、識字教育を中心に国民啓蒙教育や職業技術教育が展開された。民主化定着後の1961年から1979年の朴正煕大統領期(第2期)は、第一次経済開発5か年計画の実施など、経済発展を進めるための教育に重点が置かれた。特に自主性・生産性・有用性の3点の強調は、労働力としての近代化人間、強い民族意識を持った「韓国人」の育成を招いた。自主性・生産性・有用性の強調とはそれぞれ、「歴史的事実の中に明確な使命感を自覚し遂行する国民の育成」「生きる力を習得し生活を改善する態度と能力の育成」「社会の要求や生活上の課題に活用できる技術・技能の習得や人格・態度の育成」を指す。1967年からの第2次経済開発5ヵ年計画での軽工業の発達に続き、1972年からの第3次経済開発5ヵ年計画では、重化学工業の発達が進み、のちに「漢江の奇跡」と称される経済成長を実現させた。経済発達に登用するための優秀な人材育成の必要性は、国内の実業教育の拡充をもたらすこととなる。国内の民主化定着に始まり、国内経済の強化の順に戦後復興が進んだことが、その後の教育方針にも変化を与えたわけである。国民的資質の養成・人間教育の強化といった国民としての最低限の倫理感の醸成に加え、子どもの興味関心に基づいた主体的な学びを促す、経験中心主義の概念が取り入れられたのだ。戦後復興に向けた国民教育と能動的人材の養成を促す教育方針は、20世紀後半ごろに誕生した「世界化」と併存し、変動する国際社会を先導していくという認識を国民の中に根付かせたのだろう。インターン先のACOPIAも、日韓交流のプラットフォームとして日本人向けのホームステイや韓国語教室の運営など、新規ビジネスを展開してきた。現在は、近年の韓国主要産業でもあるK-popと韓国での若者の居場所づくりを融合した、「K-Culture留学」と呼ばれる独自のプログラムを提供している。この差別化事業こそ、韓国ビジネスの核心にある、競争社会を生き抜く「パリルパリル文化」精神の象徴だと推測した。
4.おわりに
「シェア文化」、「パリルパリル」文化は、互いに異なる概念であるものの、ともに歴史上の過程で形成された独自の文化であることが今回の調査から判明した。特に「パリルパリル文化」は、日々変動し続ける社会の動きに適合する性質があり、現在の情報化社会をけん引する源にもなっている。一方で、効率を過度に重視しすぎる風潮が、人間関係の希薄さや精神的疲労・苦痛をもたらすのは事実であり、日常生活に癒しや余裕を求めるヒーリングブームも起こっている。私は、この競争社会にこそ「シェア文化」の精神が必要であると考える。ACOPIAが進める韓国の居場所づくりは、相手とさまざまな物事を共有しあう、相手の感情に寄り添う、コミュニティの場を生み出すことができる点で、現代韓国社会に今後さらに求められる事業なのではないかと考える。伝統的な「シェア文化」と戦後復興と基軸となった「パリルパリル」文化の調和がいかに図られていくのか、今後の動向を注目したい。
記者:埼玉大学1年 上広愛

