1.ゴールデンゾーンの均衡を破る「差別化」の論理
「国民食」として不動の地位を築いた王者が、なぜ今さら莫大なコストをかけて「宣伝」をする必要があるのだろうか。コンビニで陳列されていた、『辛ラーメン』のパッケージにK-POPの最先端を走る『aespa』の写真が載る光景を見て、ふと疑問が湧いた。
なぜ韓国国内はもちろん世界中でも知名度の高い『辛ラーメン』が高額な契約料や撮影費などをかけてまで、トップアイドルを起用し宣伝を行うのだろうか。費用対効果の観点から考えれば、アイドルを起用したコストよりも、販売促進によって商品の売上が上がらなければ商売として成り立たないだろう。しかし本当にそれだけなのだろうか。その疑問を解決するために、様々な店舗のラーメン売り場に向かった。
『辛ラーメン』を探すべく、スーパーマーケットやコンビニエンスストアでラーメンコーナーを観察した。そこで私はあることに気づいたのだ。どの店舗でも『辛ラーメン』は棚の「ゴールデンゾーン」に陳列されているのである。一般的に店が売りたい商品は「ゴールデンゾーン」と呼ばれる場所に陳列されるということは有名である。「ゴールデンゾーン」とは、ちょうど目線の高さのことで、わざわざ商品を探さなくても視界に入るという場所だ。この位置に商品を陳列すると商品の売り上げは自然と上がるのである。今回調査を行った店舗では『辛ラーメン』が「ゴールデンゾーン」に陳列されていた。そのため店側から見ても、『辛ラーメン』は売れる商品であることが分かる。しかし、そのポテンシャルだけに甘えて良いのだろうか。『辛ラーメン』の近くに目を向けてみる。そこには他のラーメン、例えばプルダックシリーズなどが陳列されている。世界的な韓国ブームと同時に、『辛ラーメン』以外の人気も高まっているのである。そのため、彼らは競合するラーメンに負けないために、今回アイドルを利用した広告を打ったのでないだろうか。
2.定番ブランドの宿命、「若返り」と「グローバル・シンクロニシティ」
ではなぜ、『aespa』のような今K-POPの世界で最先端を走るアイドルを起用したのだろうか。他にも選択肢はあったはずだ。その理由について以下の3つの可能性が考えられるのではないだろうか。
1つ目は、同じゴールデンゾーンに陳列される商品との差別化の目的である可能性だ。多くの店舗は『辛ラーメン』を棚のゴールデンゾーンに陳列する。他にも有名なラーメンが並ぶ状況でも、トップアイドルが描かれたパッケージは人々の目に留まる。『aespa』が描かれたパッケージを見て、『辛ラーメン』を選ぶ人もいるのではないだろうか。また、ファンにとっては『aespa』が描かれた『辛ラーメン』は、もはやただのラーメンではない。パッケージに自身の「推し」が描かれた瞬間にそれはグッズへと変化するのだ。そうなるとファンたちはグッズ化した『辛ラーメン』を買うために、わざわざラーメン売り場に行き、商品を探し購入するのだ。
2つ目の可能性は、今回の広報戦略のターゲットが韓国国内の消費者ではないのではないかということである。現在K-POPや韓国文化、韓国料理は世界中に広がり、世界から愛されている。もちろん『辛ラーメン』も有名な韓国ラーメンとして世界でも楽しまれている。今回の広報はそのような世界に向けての戦略だったのではないだろうか。『aespa』は数あるK-POPアイドルグループの中でもトップアイドルであり、世界中に多くのファンを持つ。そのため、彼女たちがパッケージに描かれるということは、韓国だけでなく世界中からの注目を集めることができるということになるだろう。
3つ目の可能性は、『aespa』の圧倒的スターの雰囲気と強い雰囲気が『辛ラーメン』にピッタリだった可能性だ。『aespa』の曲を聞いたことがある人であれば、容易に想像が可能だが、彼女たちの楽曲は力強く個性的なものが多い。そしてグループ全体として完成された美しいビジュアルも彼女たちの強みだと考える。このような、強さや完成された感じが『辛ラーメン』の持つ辛さや伝統的な完成度などとマッチしたのではないかと考える。さらに、企業が彼女たちを起用した理由に、ブランドイメージの若返りもあるのではないだろうか。『辛ラーメン』は若い世代にとっては、親世代からあるラーメンというイメージがあるのではないかと考える。パッケージで考えてみても、他の人気ラーメンのようなポップな雰囲気はこの商品にはあまりない。このことから考えると、Z世代から圧倒的な人気を得ている『aespa』を起用することで、クールでトレンドの最先端なイメージになるのではないだろうか。
以上の3つの可能性から、企業側の商品を売りたい気持ちは理解できる。しかし、消費者はそのような戦略に簡単に乗るのだろうか。消費者はパッケージにアイドルが載っているだけでその商品を買うのだろうか。消費者のアイドルに向ける熱量について考えるために、私は地下鉄へと向かった。
3.「センイル広告」が証明する、消費者発信のマーケティング力
韓国の地下鉄をよく利用する人にとっては当たり前の光景かもしれないが、韓国では地下鉄の駅にたくさんのアイドル広告が存在する。これらは「センイル広告」と呼ばれ、なんと企業広告ではなく、ファンが自腹で作成しているものなのである。たくさんのお金と手間をかけても「センイル広告」を出して自分の「推し」を応援したい。そのような強い思いが形として現れているのではないだろうか。私の出身国である日本ではそのような広告はあまり身近なものではないため非常に印象的だった。消費者であるファンがお金を払ってまで広告を出すという高い熱量が韓国には存在しているのだろう。このようなファンの「推し」への高い熱量こそが、今回の『辛ラーメン』の戦略を成り立たせるための要素なのではないだろうか。
地下鉄に「センイル広告」の文化から読み取れるファンの「推し」に対する圧倒的な熱量が今回の戦略の基盤となっている。高い熱量を持ったファンにとって、推しがモデルを務めるラーメンはただのラーメンでなくグッズである。ファンは商品を買い、そしてそれをSNSで拡散するだろう。地下鉄の「センイル広告」と同様にファンの「応援心理」が働き、企業にとっては無料で宣伝が増えていく。パッケージにアイドルを載せることで、企業が何もしなくても、ファンたちの手によって商品が話題になる。このような仕組みによって企業がかけたコストよりも大きな利益につながっているのではないだろうか。
4.K-POPインフラを資本化する、韓国企業の「勝ち筋」
ここまで、『辛ラーメン』がトップアイドルである『aespa』を起用した広告を打った理由について考察してきた。店頭での『辛ラーメン』の陳列位置から考えると、『辛ラーメン』は店側からも推される商品であると言える。しかし、だからこそ競合するラーメンとの差別化が必要である。そこでトップアイドルである『aespa』を広告に起用することによって話題性を生み、そのファンダムを利用してさらなる宣伝効果を得ているのではないかと考察した。ではこのような広報戦略は他の国でも応用することができるのだろうか。私はそれは難しいと考える。なぜなら、この戦略はK-POPという国内外問わずトレンドの最先端である存在と巨大ファンダムを巧みにビジネスに組み込んだものであるからだ。K-POPの文化インフラがあるからこそ成立できる戦略であると考える。このような状況を利用してより多くの商品を販売することこそ韓国企業の戦略の強みと言えるのかもしれない。
記者:大前萌々花(埼玉大学教養学部)


