韓国地下鉄の魅力を探る―駅で出会う日常と文化ー

はじめに


 私が韓国の地下鉄に興味を持ったのは、駅の中で出会ったさまざまな光景がきっかけです。

 

 駅構内にはキンパや韓国おでんなどの立ち食い店、ホットスナックの売店、衣料店や書店など多様な店舗が立ち並び、ただ通り過ぎる場所ではなく、日常を支える賑やかな空間になっていることに驚きました。
また、芸能人の誕生日広告や応援広告が並ぶ様子から、地下鉄がファン文化の発信拠点になっていることが伝わってきます。
さらに、駅によっては非常に地下深くまで下る必要があり、「なぜここまで深いのか」という疑問も生まれました。
そして車内では、到着時に流れる愉快で独特なメロディが耳に残ります。


 また、私が好きなK-POPグループ「tripleS」のミュージックビデオや楽曲の歌詞にも駅が登場し、韓国の地下鉄に興味を持ちました。

 

 本記事では、こうした個人的な体験をもとに、韓国地下鉄の特徴や歴史、日本との比較、文化との結びつきについて考え、韓国の都市交通が歩んできた道と未来への展望について考察していきます。

目次



通過点が屋台街に!?

駅構内に広がる賑わい


宮﨑撮影
宮﨑撮影

 

 韓国の地下鉄駅は、単なる通過点ではありません。多くの駅では商業空間が広がっており、まるで屋台街のような活気を感じることができます。

 ホットクや韓国おでん、キンパ、トッポッキなどの軽食を販売する売店、衣類や日用品などの売店や簡易ブース、書店などが駅構内に並んでいる光景は、ごく日常的なものです。

 

 朝の通勤・通学時間には、パンやコーヒーを片手に構内を通り抜ける人々の姿が見られ、夕方以降には、学校帰りの学生や仕事終わりの人々が売店に並ぶ様子が見られます。

こうした光景は、地下鉄が単なる移動手段にとどまらず、人々の生活空間として定着していることを示しています。

日常の中の立ち寄りポイントとして、駅が“ちょっとした楽しみ”を提供してくれているのです。


 ローカルなグルメや雑貨を目当てに立ち寄る観光客も多く、駅構内の賑わいが観光スポットとしても注目されているようです。

地下鉄は“推し活”の聖地!?

駅構内を彩るアイドル広告とファン文化


宮﨑撮影
宮﨑撮影

 

 韓国の地下鉄に足を踏み入れると、華やかな広告が目に飛び込んできます。特に目立つのは、誕生日広告応援広告と呼ばれるもので、ファンたちが自主的に費用を集め、アイドルの誕生日・記念日やカムバックを祝うために掲載するものです。

このように、韓国では地下鉄が、文化発信ファン活動の場として機能しているという点に、大きな特徴があります。

 こうした広告は、ファンダム(ファンコミュニティ)がアイドルへの愛や支援を「可視化」する手段として広がりました。デジタルスクリーンやのポスター掲示枠を活用し、ときには一駅まるごと装飾するような大規模な広告が展開されることもあります。広告を前に記念撮影をするファンの姿もよく見られ、「推し」とのつながりをリアルに感じられる場所となっているのです。

 一方、日本では「公共性」の観点から芸能人の個人広告を制限するケースもあり、韓国のようなファン主導の広告展開はあまり見られません。

 このような文化は、韓国のファンダムの結束力と熱量を象徴しています。地下鉄という公共の空間が、ファンの手で「推し活の聖地」として彩られる光景は、世界でも珍しい独自の文化です。ファンダムと都市空間が融合した風景は、韓国ならではのファン文化の成熟と自由度を感じさせます。

どうしてこんなに深い?

地下深い韓国地下鉄の構造と理由


  一部の駅では、ホームまでの距離が非常に深く、地上から改札やホームにたどり着くまでにかなりの時間がかかることがあります。こうした「深い駅」が生まれた背景には、いくつかの地理的・構造的な理由があります。

 

◇ 地形的な要因

 韓国は山が多く、起伏に富んだ地形が特徴です。都市部にも坂道や高低差のある地域が広がっています。こうした地形の影響で、駅の位置に工夫が必要となり、地下深くに設けられている駅があります。

 

◇ 防災・安全目的

 シェルター(避難場所)としても機能するように設計されています。一定の深さを確保することで、防災拠点としての役割も果たしています。


◇ 地下鉄同士の立体交差

 多路線が集中する都市部では、上下方向に異なる路線を通す必要があるため、路線によっては非常に深くなることがあります。

 

◇ 既存インフラとの干渉回避

 新たに延伸・新設する路線は、既存の鉄道・上下水道・基礎構造物などを避けるため、より深く掘る必要があります。
 
  このように、韓国の地下鉄における「深さ」は、単なる設計上の特徴ではなく、都市設計・交通事情・安全対策など、さまざまな要因が絡んでいます。

 

 

■ 一番「深い駅」はどこ?

 

1位 金浦空港駅(김포공항역) / 首都圏電鉄 西海線 - 83m

 金浦空港駅は、韓国で最も深い駅として知られています。その深さは京セラドーム大阪(高さ約83m)と同じです。


 車内放送で、

「金浦空港駅は地上に上がる移動距離が長いです。キャリーケースをお持ちのお客様、幼児のお子様連れのお客様、交通弱者の方はエレベーターをご利用ください。エスカレーターをご利用のお客様は、歩いたり走ったりせず、必ず手すりを持って立ってご利用ください。」
と案内があります。

 

 その深さゆえに、乗り継ぎ通路には通常の階段が設置されておらず、非常用階段はあるものの普段は利用できません。

 

[1]


図 : 金浦空港駅利用案内 (나무위키より)

写真 : 京セラドーム大阪 (錢高組HPより)

 

2位 万徳駅(만덕역) / 釜山都市鉄道 3号線 - 64.25m

 「万徳駅といえば“深さ”」というほど有名な駅。韓国で最も高いジェットコースター「ドラケン」(慶州ワールド)の高さ63mとほぼ同じです。


 金浦空港駅開通により、全国2位の深さとなりましたが、「非乗換駅」としては依然として韓国1位の深さです。


 このように深く造られているのは、第2万徳トンネルの入口である万徳峠の中腹に位置しているためです。

 駅の構造自体が一つの体験となっており、訪れる人々に強い印象を残します。

 

[2]


図 : 万徳駅利用案内 (나무위키より)

写真 : ドラケン (일간스포츠より)

 

3位 山城駅(산성역) / 首都圏電鉄 8号線 - 55.4m

 

 鉄道の乗換や乗車のために果てしなく続くような長い階段やエスカレータを、韓国では「天国の階段」と呼ぶことがあります。
その代表例として知られているのが、この山城駅です。

首都圏地下鉄の中で最も多くの階数を持つ駅で、初めて利用する人にとっては、その階数の多さに驚かされるかもしれません。


 駅周辺の地形が丘になっているため、地下にホームを設置するには自然と深い構造が必要となり、このような長い昇降経路が生まれました。

 

[3]


図 : 山城駅利用案内 (나무위키より)

写真 : 山城駅内エスカレーター (나무위키より)

4位 倍山駅(배산역) / 釜山都市鉄道 3号線 - 55.2m

5位 ソウル駅(서울역) / 仁川国際空港鉄道 - 51.9m [4]

 

ちなみに、日本で最も深い駅は六本木駅 / 都営地下鉄大江戸線 で、深さは42.3mです。[5]

日本の駅と比較することで、より韓国の駅の深さを実感することができます。

 

 このように、韓国の地下鉄には「深さ」による個性があります。駅を訪れた際に、構造にも注目してみると、いつもとは少し違った視点で地下鉄を楽しむことができます。

アジア最先端、”未来空間”の地下鉄

韓国地下鉄の歴史


 後発スタートから世界最高水準へ

 韓国の地下鉄は、1974年に開通した首都圏電鉄1号線から始まりました。これは日本やヨーロッパ諸国に比べるとずっと、後発のスタートでした。

しかし、その後の発展は目覚ましく、ソウルを中心に急速に鉄道ネットワークを拡大し、釜山・大邱・大田・光州・仁川の地方都市でも地下鉄が整備され、全国的な都市鉄道網が形成されていきました。

 

 

 近年では、首都圏電鉄全駅ホームドアが完備されました。安全性に加え、案内表示の分かりやすさや清潔さ、利便性は「世界最高水準」と評価されるまでになりました。

アメリカのメディア「Jalopnik」は、韓国の地下鉄を「まるで未来世界に来たかのようだ」と賞賛しています。[6]

 

 


 年表 - 韓国地下鉄

 

1974年 首都圏電鉄1号線開通
 韓国初の地下鉄路線として誕生。

1980年 首都圏電鉄2号線(環状線)開通

 主要地域を環状で結び、利便性が飛躍的に向上。

 

1985年 首都圏電鉄3号線、4号線開通・釜山都市鉄道1号線開通
 ソウルでは南北・東西を結ぶ重要な路線が開通し、都市の均衡ある発展に寄与。

 釜山では、地方初の地下鉄誕生。

 

1995年 首都圏電鉄5号線開通

 漢江を横断する初の地下鉄路線として注目される。

 川を渡る地下鉄なので、難工事区間が多かった。

 

1996年 首都圏電鉄7号線、8号線開通
 市内の未開発地域へのアクセスを強化し、都市の均衡発展を促進。

 

2000年 首都圏電鉄鉄6号線開通
 ソウル東部の丘陵地帯をカバー。

 

2009年 首都圏電鉄9号線開通
 急行運転を導入し、移動時間の短縮が実現

2010年代以降 地方都市にも地下鉄網が拡大・スマートシステム導入
 光州、大邱、大田など地方都市でも地下鉄開業
 IT技術導入によりスマートシステムが整備される。

2020年頃 首都圏電鉄全駅ホームドア設置完了・多言語案内システム強化


2024年 50周年を迎える

 


写真 : ソウル地下鉄開通式 (내 손안에 서울より)

写真 : 1980年代地下鉄風景 (내 손안에 서울より)


 

 

 多様化する都市鉄道システム

 2010年代以降には地下鉄だけでなく、地域の特性や需要に応じ、軽電鉄(LRT)や広域急行鉄道(GTX)など新しい形の都市鉄道が急速に整備されています。

 

 特に注目すべきは、2024年に一部開通したGTX-A線です。これは地下深くを高速で走行する急行鉄道で、従来の地下鉄に比べて圧倒的に速く、遠距離の移動時間を大幅に短縮できます。

 

 このように韓国では、従来の「地下鉄」という枠を超えて、地域ごとのニーズに応じた柔軟で高度な交通ネットワークが形成されているのです。

 

 

 急成長の背景とは?

  こうした急成長の背景には、以下のような要因があります。

 

◇ 急激な都市化と人口集中

 経済成長とともに都市の人口集中が進み、「より多く、より速く」人々を輸送する交通インフラの整備が急務となりました。


◇ 国家主導のインフラ政策

 韓国政府は「交通弱者の救済」と「都市の均衡発展」を掲げ、積極的な公共投資を行いました。政策決定から実行までのスピードが早かったことが特徴です。


◇ 後発の強みを活かした設計

 他国の成功例・失敗例を学び、最初からホームドアや多言語案内の設置など、最初からアップデートされた形でスタートできたのです。

 

 

 未来空間へと現在も進化中

 このように、韓国の地下鉄は、50年の間に急速な発展を遂げました。その進化は、都市の成長とともに、技術革新、そして市民の生活様式の変化を反映しています。

 

 また、単なる「交通手段」ではなく、未来都市の象徴でもあります。

50年でここまで進化した韓国地下鉄は、今後も新技術や都市計画と連動しながら、さらに洗練された「未来空間」へと進化を続けていくでしょう。

 

[7][8][9][10]

似て非なる都市を映す鏡

日韓の地下鉄を比較


 日本と韓国は距離も近く、文化的な共通点も多いとされる国同士ですが、両国の地下鉄にはさまざまな違いがあり、それぞれの都市や社会の特性が反映されています。

本章では、私が実際に韓国で地下鉄を利用する中で感じた日本の地下鉄との違いをもとに、日韓の地下鉄を比較し、それぞれの都市が持つ個性や社会的背景について考察していきます。

 

■設備・システム

◇ホームドア(スクリーンドア)

 韓国は地下鉄全駅ホームドアが設置されており、特にフルスクリーンタイプが一般的です。2005年にソウルのサダン駅から導入が始まり、2009年には首都圏全駅への設置が完了しました釜山、大邱、仁川、光州などの他都市の地下鉄でもスクリーンドアが速い速度で拡充され、現在では全駅に設置されており、「設置されていて当然」という意識が根付いています。[11]

 

 日本では、東京でも地下鉄のホームドア設置率は97.1%にとどまっており(令和6年3月末時点)、まだ全駅には設置されていません。[12]

 

 

◇運賃・乗り換え割引

 基本的に韓国のほうが安いです。例として、韓国の「ソウルメトロ」と日本の「東京メトロ」のT-money/ICカードでの運賃を比較します。

 

ソウルメトロ - 韓国

・基本運賃(10㎞以内) : 1,400ウォン(約149円)

・追加運賃 : 10㎞を超えると、5㎞ごとに100ウォン(約10円)追加

        50㎞を超過後は、8㎞ごとに100ウォン(約10円)追加 [13]

 

異なる鉄道会社に乗り換えても追加料金がかからず、通し料金制となっています。

また、T-moneyカードを使えば、バスとの乗り換え時に追加の初乗り料金がかからない割引制度があります。(7時〜21時は30分以内、21時〜7時は1時間以内に乗り換えた場合)

ただし、移動距離5kmごとに100ウォンずつ追加される点には注意が必要です。[13]

日本ではこのような鉄道とバス間の連携割引はあまり見られません。

 

東京メトロ - 日本

・6㎞まで : 178円

・7~11㎞ : 209円

・12~19㎞ : 252円

・20~27㎞ : 293円

・28~40㎞ : 324円 [14]

 

 

 異なる鉄道会社(例 : 東京メトロ→都営地下鉄)への乗り換えには初乗り運賃(割引あり)が必要となる。また、運賃が統一されておらず計算がややこしいです。

 

 

 

◇座席の素材

韓国は布製の座席が少ない

◇車内モニター

韓国はサイドだけでなく車両の真ん中にもある

◇自動改札機

韓国でよく見る旋回式の改札が使いにくい

韓国は改札に人がいない

◇優先席・妊婦専用座席

◇路線名

 

■空間の使い方と文化

◇売店

 

※詳細は、2.地下鉄は“推し活”の聖地!? 駅構内を彩るアイドル広告とファン文化を参照してください。

 

◇広告文化

 韓国では、アイドルの誕生日や記念日にあわせた応援広告が地下鉄構内に多く掲出され、ファン文化が駅を彩る光景が定着しています。
日本では公共性の観点から芸能人個人への広告は制限されており、このようなファン主導の広告展開はあまり見られません。

※詳細は、2.地下鉄は“推し活”の聖地!? 駅構内を彩るアイドル広告とファン文化を参照してください。

 

◇シェルター機能

 韓国の駅は、シェルター(避難場所)としての機能も担っており、地下深くに作られているのもその一因です。

日本でも地震対策は進んでいるものの、避難施設として恒常的に設計されている例は多くありません。

※詳細は、3.どうしてこんなに深い? 地下深い韓国地下鉄の構造と理由を参照してください。

 

■利用マナーや意識

◇車内での通話

 

 

 このように、日韓の地下鉄を比べてみると、それぞれの国が持つ価値観や都市のあり方が浮かび上がってきます。それぞれの地下鉄を見つめることで、社会の姿をより深く知ることができます。

愉快で独特なメロディが街を語る

耳で楽しむ韓国地下鉄の世界


路線ごとに違う到着音楽や車内メロディの紹介

到着音楽に込められた意図(地域性・親しみやすさ)

日本の地下鉄音楽との比較

K-POPと地下鉄

tripleSが映す都市の風景


 韓国地下鉄は、若者文化やK-POPカルチャーと深く結びついています。その例が、K-POPグループ「tripleS」の作品に見られる地下鉄の登場です。

 tripleSは、韓国の24人組ガールズグループです。tripleSのミュージックビデオや楽曲の歌詞に、韓国地下鉄が登場します。グループ名の「tripleS」は、「Social Sonyo Seoul(社会的なソウルの少女)」の略称であり、社会・若者・都市というキーワードがあります。ソウルという都市で暮らし、成長していく若者の姿と重なることから、地下鉄を登場させる必然性を感じます。

 地下鉄はまさに、そんな「社会的なソウルの少女」たちが毎日を過ごすリアルな舞台であり、若者たちの夢や悩みを映す象徴となります。地下鉄を通じて語られるtripleSの世界は、等身大の若者たちの感性を反映していると考えられます。

 

 特別な舞台ではなく、ごく日常的な空間であるからこそ、リアルで共感を呼びやすいのです。韓国地下鉄は、彼女たちの物語の背景であると同時に、今を生きる若者たちの生き方を映し出す場所でもあることでしょう。

Generation - tripleS Acid Angel from Asia 【君子駅 / 군자역】

引用 : 트리플에스(tripleS AAA) ‘Generation’ MV @triplescosmos Youtube

 「Generation」はtripleSとして初めて公開された楽曲であり、グループの世界観や方向性を象徴するように作られたと考えられます。

 ミュージックビデオでは、制服を着たメンバーたちが教師に叱られ、そこから逃げ出して地下鉄の駅に駆け込んでいくという印象的なシーンから始まります。このシーンは、型にはまった価値観や管理された空間からの解放を象徴しており、地下鉄は彼女たちにとって「自由」や「逃避」、「次の世界への入り口」として描かれていることがわかります。

 また、駅のホームでメンバーたちが踊り、SNS用の動画を撮影する場面もあり、現代の若者らしい日常風景がリアルに表現されています。地下鉄という公共空間が、単なる移動手段ではなく、自分を表現する場所になっている点も印象的です。

 このように、「Generation」のミュージックビデオに登場する地下鉄は、社会に対する違和感や個性の主張、そして新しい世界への扉を象徴する存在となっており、「Social Sonyo Seoul」という名前が示すように、都市を生きる少女たちの姿と深く重なっています。

Girls Never Die - tripleS 【温水駅 / 온수역】

引用 : tripleS(트리플에스) 'Girls Never Die' Official MV @triplescosmos Youtube

 「Girls Never Die」は、tripleSのメンバー24人が初めて揃った“完全体”でのデビュー曲であり、グループとしての本格的なスタートを象徴する作品です。「Girls Never Die」というタイトルや、サビの歌詞である


   ”끝까지 가볼래 포기는 안 할래 난” / ”쓰러져도 일어나”

   最後までやってみる あきらめない私は / 倒れてもまた立ち上がる

   ”Girls never die 절대 never cry”

   少女は絶対に死なない 絶対に泣かない

からは、決して屈しない強さや意志が伝わってきます。

 一方で、ミュージックビデオは墓場や黒い鳥、車に引かれそうになる場面、建物の屋上から飛び降りるシーンや浴槽に沈む姿など、暗く重たいイメージで構成されています。K-POPの作品では「輝く青春」を描いたものが数多くある中、このミュージックビデオでは挫折や孤独、不安といった「青春の影」をあえて正面から表現しています。

 地下鉄のシーンでは、深夜の駅でメンバーたちが自由に歩き回り、何かから逃れようとするような雰囲気が感じられます。社会の目から解き放たれた空間でのさまよいは、現実逃避や内面の葛藤を象徴していると考えられます。

 このように「Girls Never Die」は、tripleSの核心的なメッセージとともに、都市に生きる少女たちのリアルな葛藤や強さを、身近な存在である地下鉄というモチーフを通して力強く描き出しています。

내적 댄스 (Inner Dance) - tripleS Glow 【清潭駅 / 청담역】

 「내적 댄스(Inner Dance)」は、tripleSの楽曲の中でも特にフレッシュでポップな印象を持つ作品です。ミュージックビデオでは、メンバーたちが街中を自由に動き回り、写真を撮ったり、飲食店で食事を楽しんだりと、日常の中で自然体で過ごす様子が描かれています。その姿はまるで、どこにでもいる若者たちが放課後や休日に友人と過ごす時間そのもので、見ている側にも楽しさや親しみやすさと共感を呼び起こします。

 そんな“等身大の青春”を描くミュージックビデオに、地下鉄駅も登場します。日常の一部として自然に組み込まれており、若者の姿をよりリアルに映し出しています。

깨어(Are You Alive) - tripleS

【トゥクソム駅 / 뚝섬역 ・ 大谷駅 / 대곡

 「깨어 (Are You Alive)」は、「Girls Never Die」に続く完全体での初カムバック曲です。
「Girls Never Die」では、”倒れても立ち上がる” と歌詞にあるように前向きで力強いメッセージが込められていました。一方「깨어 (Are You Alive)」では、より現実的な感情の揺らぎや、諦めに近い感覚が表現されています。

 

”때론 희망 때론 절망 그 사이 어긋난 채로”

時に希望、時に絶望 その狭間ですれ違ったまま

 

”더 뛰어도 꿈은 더 멀어져”

もっと走っても夢はもっと遠ざかる

 

といった歌詞には、努力しても届かない現実へのもどかしさや葛藤がにじみ出ています。

 

 ミュージックビデオにおいても、「Girls Never Die」がファンタジーの要素を含んでいたのに対し、「깨어 (Are You Alive)」ではより等身大の少女たちが描かれ、現実を生きる姿がそのまま映し出されているようです。


 

”우리 그냥 도망치자 아무도 날 찾지 못하게”

私たち、もう逃げよう

誰にも見つからないように

という歌詞の場面では、制服を着た少女がホームで遠くを見つめており、心が置き去りにされたような寂しさや不安が印象的に表現されています。

 日常にある地下鉄が、揺れる心情やもどかしさを象徴する空間として機能しています。


 また、制服を着た少女たちが駅ホームの高架下で땅따먹기(韓国の伝統的な陣取り遊び)をしている場面も登場します。
都会の無機質な空間の中に、子ども時代の純粋さや日常の愛らしさが映し出されています。


 

 さらに、重要なダンスシーンにも駅のホームが使われており、地下鉄という空間が単なる背景ではなく、楽曲の世界観そのものを象徴する舞台として機能しています。

注目すべきは、光が当たる華やかな場所ではなく、駅ホームの高架下という影の空間で展開されている点です。あえて光の届かない場所を舞台とすることで、現実の厳しさや社会の中で感じる閉塞感がよりリアルに表現されています。

 ただ前進するだけではなく、立ち止まり、揺れ、逃げ出したくなるような現実を、懸命に生きる少女たちの姿が、地下鉄という空間に重ねられています。

Seoul Sonyo Sound - tripleS LOVElution 【清潭駅 / 청담역】

 「Seoul Sonyo Sound」は、グループ名の由来でもある「Social Sonyo Seoul」というコンセプトを体現するような一曲です。

この楽曲は、

   ”청담역 기나긴 출구처럼 내가 바란 미래는 저 멀리로”

   清潭駅の長い出口のように 私が望んだ未来は遠く遠くへ

という、清潭駅が主人公の心情と重ね合わされている印象的な一節で始まります。まさに“地下鉄から始まる物語”であり、若者たちの現実と夢の距離感が、駅の出口という比喩を通じて表現されています。

図 : 清潭駅利用案内 (나무위키より)

 ”2호선은 지루하지만

 체리톡이 있어 with you”


 2号線は退屈だけど

 あなたとのチェリートークがある

という歌詞からは、人とのつながりが単調な日常に彩りを添える様子が伝わってきます。

2号線はソウルを巡る環状線で、通勤や通学などで多くの人が毎日利用しています。
繰り返す日常の中で、大切な人とのやりとりが、日常をかけがえのないものにしてくれるというメッセージが感じられます。


図 : 2号線路線図 (나무위키より)

 

 「Seoul Sonyo Sound」では、駅名や路線名が象徴的に使われ、地下鉄が若者たちの心情や都市生活のリアリティを語る舞台として重要な役割を果たしています。

 このように、tripleSの作品には韓国の地下鉄が繰り返し登場します。それは、単なる生活空間としてではなく、彼女たちが生きる日常の中で揺れ動く感情を映す舞台として機能しています。
身近な存在である地下鉄を通じて、若者たちの閉塞感や葛藤、そしてかすかな希望がリアルに表現されているのです。

 グループ名に込められた「Social Sonyo Seoul(社会的なソウルの少女)」という言葉の通り、彼女たちの表現は都市と密接に結びつき、現実と理想をさまよう若者の心を描き出しています。
その曖昧で繊細な境界にある感情こそが、tripleSの作品に独特の深みを与えているように思います。
だからこそ、地下鉄という身近な空間が、若者のリアルな心情と重なり、私たちの心を自然と揺さぶるのではないでしょうか。

まとめ : 未来と課題


混雑問題

郊外路線の赤字

自動運転技術の導入予定

「地下鉄都市」から「多様な交通手段の共存」へ

 韓国の地下鉄は「交通インフラ以上のもの」である

日本との違いから見える文化の違い

都市交通がこれから果たすべき役割とは?

 

 

韓国の地下鉄は、単なる移動手段にとどまらず、人々の生活、文化、若者の感性が交差する「都市の縮図」として存在していました。駅構内の賑わいや広告、車内メロディ、K-POPとの結びつき――それら一つひとつが、韓国という社会の多様さと自由度を映し出しています。 今後、さらにスマート化や国際化が進む中で、地下鉄がどのように進化し、どんな都市の未来を描いていくのか。地下深くから広がるその可能性に、これからも目を向けていきたいと思います。

韓国の地下鉄は、単なる移動手段にとどまらず、人々の生活や文化、若者の感性が交わる「都市の縮図」として機能しています。駅の賑わい、アイドル広告、車内メロディ、そしてK-POPとの融合――これらすべてが、韓国社会の多様性と活気を象徴しています。

 

未来に向けては、技術革新や多様なニーズへの対応が求められる中で、地下鉄がどのように進化し続けていくのか注目したいと思います。

 

 

参考

▶記者:宮﨑優奈(香川高等専門学校)